長崎の坂道・路地を覗いてみよう

坂の町長崎。観光名所となっている坂道や路地もたくさんありますが、意外と知られていないながら魅力ある場所、歴史の証人たる場 所、こんな角度で見たらいいのにという場所などなど、多くの人に長崎の魅力を知っていただきたいから・・・何かお伝えできればと 考えてみました。たくさんある中のほんの少しですが、ご紹介したいと思います。

◆reporter◆
辻川 智子
Tomoko Tsujikawa
長崎市出身
東京都在住

01 桜町通りトンネル脇の坂道

長崎の路面電車(長崎電気軌道)、3 番系統が通るこのトンネル脇の坂道は、四季折々の風景と共に走る路面電車の姿が魅力的。 最近は、路面電車もレトロなものから最新型まで様々なものが走っているため、同じ風景を見ることができるのもその瞬間だけなのかもしれません。
大浦保育園(長崎県長崎市東山手町7-25)付近からの風景~上って上から見た風景

02 オランダ坂

長崎の名所のひとつに上げられる「オランダ坂」。東山手地区にある異国情緒溢れる風景が今もなお残っています。 ただし、この「オランダ」という言葉は、オランダの人が住んで通っていたという意味のみならず、開国後、長崎の人たちは、西洋人を称する言葉として「オランダさん」と呼んでいたことからつけられたとも言われています。 長崎でオランダ語がメジャーになっていたらもっと魅力が増すのに・・・(意外と見当たりません)。
大浦保育園(長崎県長崎市東山手町7-25)付近からの風景~上って上から見た風景

03 天満坂(大音寺坂)

「長崎喧嘩騒動」・・・長崎でも1700 年に討ち入り騒動があり、それをこう呼んでいるようです。貴重な郷土史です。 この坂道での出来事をきっかけに討ち入り・・・。 この坂道が今、語ることができるならば、出来事をみていた証人となっているかもしれません。

04 唐人屋敷跡の階段(坂道)

をこう呼んでいるようです。貴重な郷土史です。この坂道での出来事長崎港では、江戸時代、中国との貿易が行われていました。 貿易が盛んになるにつれ、唐(中国)の人たちを収容する場所が必要になり、幕府は、「唐人屋敷」を建設。その風情が今も残るエリアです。 毎年、旧正月の時期に行われる「長崎ランタンフェスティバル」では、街全体がランタンで彩られ、あたかも異国にいるかのような雰囲気をかもし出します。

05 龍馬のぶーつ・猫に会える路地

幕末の志士「坂本龍馬」が中心となって設立した日本最初の商社「亀山社中」門前近くにある「龍馬のぶーつ像」。 長崎港や長崎の街並みが望めるこの場所で、新たな国づくりを目指す若者たちが日本の明日を見据えて、語り合っていたのかもしれません。

06 幣振坂・晧台寺

長崎の寺町の中でも大変歴史のある晧台寺と大音寺の間にある、風頭山に向かう坂。 名前の由来は、一説によると、諏訪神社の一の鳥居に使用するための石材を麓に下ろした際,宰領が御幣(紙を切り細長い木に挟んで垂らした神祭用具)を振って,人夫たちを鼓舞したことからとも言われています。

07 風頭山「風頭公園」

長崎は、三方を山に囲まれており、風頭山(標高146m)にある「風頭公園」の展望台には『坂本龍馬像』があり、長崎の港を見下ろしています。 稲佐山(標高333m)とは違った角度から見える長崎の街の風景は、この展望台へ登った人へのご褒美かもしれません。 ただし、バスでも近くまで行くことができるので、無理せず、バスで向かうのもいいかもしれません。

08 龍馬通り

寺町通りから~亀山社中跡~風頭山(標高146m)と向かう通りは、「龍馬通り」と呼ばれています。この通り、とてもきつい階段の多い坂道で、まさに「坂の町長崎」を象徴する場所のひとつと言えるでしょう。 寺町通りから1km程度のルートですが、途中に休める「休石」があるくらいの登り坂。それなりに覚悟して登ってみてください。

09 崇福寺通り

長崎には、黄檗宗の寺院があり、その1つが崇福寺です。 長崎在住の福建省出身の人たちにより建設されたと言われています。 崇福寺の前を通る「崇福寺通り」は、なだらかな坂道。急な坂道をイメージしがちな長崎ですが、このようにやさしい道もあるんです。

10 大浦天主堂

国宝「大浦天主堂」。こちらに向かう際にも登るのが、階段。 天主堂入口にいらっしゃるマリアさまは、長崎の街が見えているようですが、 その視線の先には、西坂の丘にある二十六聖人の像が(写真にはとらえられません)。 時代と共に移り変わる街並みは、マリアさまの目にどのように映っているのでしょうか。