謎多き棄教者 千々石ミゲルを感じる旅

 あなたは、千々石(ちぢわ)ミゲルという人物をご存知だろうか。 『それ、誰?』と思われる方も、天正遣欧少年使節なら聞いたことがあるかもしれない。1582年(天正10年)に長崎から船に乗 ってローマ教皇に謁見した4人の少年使節の一人、それが千々石ミゲル。このリポートはそのミゲルの足跡を追う旅案内。
 私が、天正遣欧使節のひとりである千々石ミゲルについて知りたいと思ったきっかけは、『(諫早の)伊木力でミゲルの墓発見』という記事を見たことからである。
 この墓石について、発見者である大石一久氏の著書『天正遣欧使節千々石ミゲルの墓石発見』(2005年株式会社長崎文献社発行)には、「この墓石をミゲル夫妻のものと断定する確実な資料はどこにもない。消去法的に該当者を絞っていき、最終的にミゲル夫妻でしかありえない」と記してある。

 私は墓石のあるこの場所から少し上った山の中腹の元釜地区で生まれ育ったが、この辺りは昭和40年頃まで原生林が鬱蒼と生い茂り、山肌には清水が湧き、周辺の棚田や畑をイタチやウサギが頻繁に横切っていた。
 当時、伊木力小学校からの帰りに、山川内の同級生の家で薄暗くなるまで遊んで帰ることが何度かあったが、この墓石の周辺に行ったことはまだ1度もない。
 それは、幼い頃父から、「こん畑ん下ん林ん中には入らんごとせんばでけん。昔流行り病で死んだ無縁仏さんたちの墓んあるとげな」と言われていたからである。

◆reporter◆ 
高林 夕子
Yuko Takabayashi
諫早市出身
東京都在住

長崎キリスト教と千々石ミゲル

 4人は帰国後のキリシタン禁教令の下でも、天草のコレジヨ( 神学校) で宣教師となるための勉強をしていたが、迫害が厳しくなる中で唯一棄教したのが千々石ミゲルだ。棄教したミゲルは、大村藩主大村喜前から伊木力( 諫早市) に食禄を貰ってキリシタン弾圧に乗り出したものの、喜前と不仲となって有馬に逃れてからは、歴史資料では行方知れずとなっていた。
 2003年12月に、石造物研究者の大石一久氏が千々石一族研究者の宮崎栄一氏から依頼を受けて、西彼杵郡多良見町伊木力地区(現諫早市多良見町山川内)に調査に赴き、千々石ミゲル改め千々石清左衛門夫妻のものと思われる墓石を発見するに至った。
 2016年に、長崎の教会群とキリスト教関連遺産が世界遺産として登録されれば、日本に宣教師を派遣したイエズス会の真の目的や、大村純忠らが少年使節を派遣した理由も詳らかになるだろう。
 キリスト教関連遺産に興味があれば、ぜひ、千々石ミゲルという人物にも関心を寄せて頂きたい。

ミゲルの旅の旅程

【1日目】
長崎空港 → 大村市街<史跡巡り> ー[JR 大村線]→ 諫早駅 諫早泊。
【2日目】
諫早駅 ー[島鉄バス]→ 雲仙市<釜蓋城・ミゲル像> ー[島鉄バス]→ 南島原市<
セミナリヨ跡>ー[島鉄バス]→ 島原港<島原市内散策> ー[島原鉄道]→ 諫早泊。
【3日目】
諫早駅 ー[旧長崎本線]→ 大草駅 ー[徒歩]→ミゲルのものと思われる石碑 ー[徒歩]→ 大草駅 ー[JR]→ 長崎<夜の長崎をさるく(歩き回る)> 長崎泊。
【4日目】
二十六聖人記念館<日本におけるキリシタンの歴史のまとめ>

この旅の行程は、諫早市伊木力生まれの私が考えた行程なので、旅行会社の作るスケジュールとは違うであろうことをご了承願えれば幸いである。

1日目-1 天正遣欧少年使節

 時間に余裕があって天候も良ければ、空港と大村を結ぶ簑島大橋(みのしまおおはし)を渡り切ったところにある森園公園(もりぞのこうえん)を訪れたい。
 森園公園の入口には「天正遣欧少年使節の像」がある。ミゲルの足跡を辿る旅の始まりにうってつけである。
 簑島大橋から見る大村湾の眺望は素晴らしく、運がよければスナメリに会うこともできる。ただしスナメリに会えるのは冬場なので防寒が必要。
 森園公園の停留所から諫早駅前行きのバスに乗り、大村ターミナル下車。なお、諫早行きのバスは空港のバスターミナルからも発着しているので、時間に余裕がない場合は、空港からバスに乗るのをお進めする。(3番:諫早駅前行/所要時間15分)

長崎県大村市森園町1484 
森園公園(都市整備部河川公園課公園緑地グループ)
0957-53-4111(内線:434)

お薦めの関連サイト:『長崎旅ネット』
http://www.nagasaki-tabinet.com/guide/966/

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1日目-2 大村藩の城跡

 日本におけるキリシタンの歴史上でとても重要な人物の居城と、数多くのキリシタン関連遺跡が残る大村市では、有馬晴信や大友宗麟とともに天正遣欧使節を派遣したキリシタン大名として知られる大村純忠の居城だった三城城址と、帰国後のミゲルとともにキリスト教の禁教路線に転じた大村藩初代藩主である大村喜前の居城だった玖島城を巡りたい。
 大村市内のキリシタン遺跡を巡ったあと、JR大村線で諫早へ。ホテルはバスターミナルが近い駅前のホテルへの連泊をお薦めする。

お薦めの関連サイト:
『よって行かんね おおむら』
http://e-oomura.jp/sansaku/
『大村観光ナビ』
http://www.omuranavi.jp/02history/history02_02.html

画像提供サイト:
『四十路直前日記』様
『城跡写真.com』様

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2日目-1 ミゲル生誕の地

 諫早に連泊をお薦めするので、宿泊用の荷物を諫早のホテルに置いて、島鉄バスターミナルから一路雲仙をめざす。雲仙の千々石町では、ミゲルが生まれ育った釜蓋城とミゲル像のある雲仙市千々石総合支所を訪れたい。

お薦め関連サイト:
『『Les Voyages /長崎巡礼/千々石』
http://lesvoyages.fc2web.com/nagasaki/nagasaki6.html

画像提供サイト:
『株式会社イシマル』様
『千々石(ちぢわ)deその日暮らし』様

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2日目-2 南島原の関連遺跡

 ミゲルの生誕地を訪れた後は、再びバスに乗り、南島原を一周する。口之津の南蛮船渡来之地や国内初の神学校であるセミナリヨ跡、そしてセミナリヨをはじめとした、キリシタン文化を広めた有馬晴信の居城だった日野江城跡など、キリシタン関連遺跡を巡り、島原外港駅へ向かう。
 島原鉄道に乗って、夜の帳の降りかけた有明海を眺めながら諫早駅まで戻り、島原半島一周の旅を終わる。島原半島では、温泉に入ったり海の幸を楽しんだりの時間を作りたいと思っている。

お薦め関連サイト:
『島原巡礼』
http://www.msshoko.com/oitachijiman/shimabarajunrei/

画像提供サイト:
『まりひぇん日記』様

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3日目-1 諫早の歴史と文化

 ミゲルの足跡を追って、せっかく諫早を訪れたのだから、時間に余裕があったら、諫早の歴史と文化にも少し触れて頂きたい。
 諫早市内観光のオススメスポットは、本明川沿いの古寺である天祐寺や慶巌寺、本明川に掛かる橋の個性的な欄干や可愛い銅像たち、風情ある眼鏡橋や高城城址が残る諫早公園の散歩である。
 高城城は、諫早市で執筆活動をしていた芥川賞作家野呂邦暢(のろくにのぶ/長崎市出身)の『落城記』を、脚本家向田邦子が1981 年にドラマ化した『わが愛の城-落城記より-』(テレビ朝日系)の舞台となった城である。

お薦めの関連サイト:
『ぶらり諫早』
http://www.city.isahaya.nagasaki.jp/post03/1977.html

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3日目-2 ミゲル終焉の地

 「千々石ミゲルのものと思われる墓石」へのアクセス方法は、2通りある。
ひとつ目は、JR諫早駅から長崎本線旧線(長与回り)で大草駅まで行き、30分ほど歩く方法。そしてふたつ目は、本数が1日1本しかないが、【諌早駅前15時04分発→中通15時42分着】の大草方面行きの県営バスに乗り、墓石のある山川内の最寄バス停中通まで行き、少し歩く方法である。
 大草駅からこの墓石に向かう途中のJR長崎本線の橋には、明治31年建造時のままのアーチ式のレンガや石造りの橋が残されており、鉄道好きの人たちの道中を楽しませてくれる。

お薦め関連サイト:
『Les Voyages /長崎巡礼/伊木力』
http://lesvoyages.fc2web.com/nagasaki/nagasaki7.html

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4日目 二十六聖人記念館

 私は「伊木力にミゲルの墓発見」という記事を見てミゲルのことを調べ始めるまで、この記念館の存在を全く知らなかったが、ここが私のミゲルを知る旅で訪れる最後の場所となる。
 かつて学校の授業で天正遣欧少年使節について学んだとき、「千々石ミゲル」という人物を、殺されるのが怖くて仲間を裏切った弱虫の「転び伴天連(ころびばてれん)」だと思っていた。しかし今私は、いつかこの旅を実行して、真実がどこにあるのかを探りたいと思っている。

長崎県長崎市西坂町4-4
095-822-6000
http://www.26martyrs.com/

■開館時間:09:00 ~ 17:00
■休館日:年末年始

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